年月                   で  き  ご  と
昭和39年 4月   歌おう会発足(教育学部同好会) 部員数80名

             部室もアコーデオンもなし 県の歌声祭典参加、第3位
昭和41年 9月   九州地区音楽祭県予選出場に推薦される

       11月   教養祭り音楽祭出場(エルベ川、平壌は心の故郷、どん底の歌など)
             模擬店(歌声喫茶)

             3大目標  ・学園に歌を広める ・創作活動をやる ・民謡を掘り起こす       
昭和42年 1月   「翌檜」第1号発行  部員数60数名

      4月頃   練習曲(美しき祖国のために、どこまでも幸福を求めて、仕事の歌、母なる故郷
             学生行進曲、五木の子守歌、ソーラン節、木曽節) 
昭和43年 4月   うたおう会全学サークルとして承認さる  新入部員30数名

        7月   「翌檜」第4号発行  巻頭言の中で「遺憾ながらこのクラブは民青の砦とか
             過激派学生運動家が入部しているとかあらぬ噂が広がっているがここではっ
             きり否定しておきたい」

        8月   夏合宿(海の家ー子子川) アコーデオンの使用  
昭和45年 7月   夏合宿(諫早大雄寺)

       11月   学部祭参加 ・音楽祭・歌声喫茶(エレキベース・ギター使用

       12月   コンパに初めて酒が入る

             この年の練習曲(なぜに二人は、君の祖国、夜明けの歌、小さなささの葉、
             小さな町だけど、僕一人) 部員数17名    
〜昭和45年
(1969年)まで
資料は、昭和47年発行の「翌檜第6号」(渡海義明氏編集)による
長崎大学歌おう会の歴史
昭和44年 7月   「翌檜」第5号発行  部員数27名 夏合宿(長与の寺)

        9月   教室を借りて練習
             民謡班とフォーク班(新設)に分かれる ギターの使用開始  
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